【哲学】天動説はいかにして覆ったのか

富田恭彦著 『科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏 【科学ってホントはすっごくソフトなんだ、の巻】』

タイトル長いね。

図書館で借りて読み始めてみた。

冒頭からトマス・クーンのパラダイム論が扱われるんだけれど、パラダイム論そのものというより、科学革命の一例として挙げられた天文学史のエピソードが大変興味深かった。

天動説から地動説へ、いわゆるコペルニクス的転回がおきた要因について、俺はずっとこう考えていた。

惑星の運動を数式で表すのに、天動説より地動説のほうが、ずっとシンプルな数式で捉えることができるから、と。

実際はどうか知らないけれど、本書の説明で面白かったのは、それとは違う考え方を示していたところだ。

当時の天文学者は、天動説でもかなり上手くモデル化できていたという前置きの後、彗星や新星の説明をどうするか、という問題を取り上げる。

当時の科学者にとって、月より外側に広がっている宇宙はいわば神聖な神の領域で、完全でなければならなかった。

そこでは、存在するものは完全な状態でずっと存在し続けるものであって、彗星や新星のように生成消滅などはありえない、と考えられていたという。

しかし、観測の結果、彗星も新星も月より外側の宇宙に存在することは疑う余地の無いものとなった。

こうして、数学的な理論が論破されたというよりも、生成消滅のない完全な宇宙という迷信の側から、ピタゴラス的パラダイムは揺るがされたのだという。

5年前

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。